Elastic Rock/Nucleus (エラスティック・ロック/ニュークリアス) [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]
エレクトリック・マイルスのたゆまぬ前進を優れたミュージシャンシップとして讃える弁はよく聞くが、その言葉を発している人達の多くはジャズの愛好家であることには一定の留意を保っておく必要がある。マイルスの業績を貶める意図でこういうことを書くわけではなく、ある時期以降は、マイルス・デイビスというミュージシャンの進化が必ずしも音楽表現の最前線たり得たとは限らず、「時代の表現」のフォロワーへと後退していったと見ておくべきではないかと私は考えるのだ。
これは贔屓の引き倒しとか判官贔屓とかではなく、場所をアメリカからイギリスへと視点を変えてみると、ロックからジャズへと接近していった作品群には当時のアメリカのジャズシーン以上に瞠目すべき革新的成果が認められる。
リリース当初はこの手の音楽は日本ではさっぱり広まることがなく、ロクに紹介もされずじまいだったがCDの時代になってからは以前ほどの不遇さを託つことはなくなったように思う。かく言う私も10年以上前にやっと巡り会った口である。
イギリス版In a silent wayとでも言おうか、旧来の4ビートから距離を置き始めるマイルスに対するイギリスからの返答がこれだ。
私の場合、In a silent wayを聞くとどうしても反射的にこちらを連想してしまう。
マイルスは演奏を長尺化させることで大きなうねりみたいなものを緩やかに転回させる方向に向かっていくが、こちらは比較的短時間で密度の高い楽曲を有機的な組曲風につなげていく点が構成としては対照的だ。
また、In asilent wayではミニマルビートの上を漂うクールな浮遊感みたいなものが新鮮だったが、こちらではジャズの技法を取り込んだ上での熱っぽい貪婪さというか雑食性のバイタリティみたいなものを感じる。
音のお遊びや眠たい時間がなく、起承転結のストーリー性がしっかりしているので途中ところどころで現れるフリーキーな展開もいい意味で辛子が効いている感じで冗長さや難解さはない。傑作。
ギターを弾いているクリス・スペディングはどうも自分の方向性がいつになっても定まらない人らしく、腕の割にはロクな活動歴を残していない。ここでのプレイスタイルをもっと突き詰めていけば、ジョン・マクラフリンにも比肩し得る存在だったはずなのにと、私は聴く度に少々残念な気分になる。
コメント 0