酒を飲んだときの音楽 [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]
私は下戸である。殆ど飲めない。すぐに酔っぱらって眠くなるし頭痛が激しくなる体質のようだ。酒に弱いのは何度も飲み続けていれば解決できると以前から人に言われてはいたが何事によらず、私は「鍛錬して上達する」というのが大いに苦手だ。
時たま酒を飲むことはあるが、酔っぱらった状態で音楽を傾聴することは殆どない。少なくとも自宅では酔った弾みでレコードを落っことす心配もあるので酒を飲んだ状態ではLPレコードを触ることはない。大体家で酒を飲む習慣がない。酒を飲むときは必ず外であって、自慢にも何にもならないがカウンターの向こうにオネーチャンがいない場所では絶対に呑まないという変な信念めいたものを堅持している。
少年期からの習慣で、殊にモダン・ジャズを酔った状態で聞き通すことができない。私にとってあれらはどうも、酩酊状態で聴ける音楽ではないのだが、人によっては酒を飲みながら聴くのが楽しいという方も結構いる。
一口にモダン・ジャズといったって間口は結構広いわけで、関わり合い方も聴き方も多様なのだろうが、酒を飲みながらモダン・ジャズ(敢えて「モダン」という言葉をくっつけているところに私なりの考えを表しているつもりなんですが)が鳴っている風景を乏しい想像力を振り絞って書き出してみる。
薄暗いダウンライトの点る部屋・・これは余り生活臭のなさそうな小洒落たマンション最上階のお部屋、または垢抜けた感じのスカイラウンジだったりする。
お仕事を終えたオフタイムの小ぎれいな身なりの男性。間違っても私のようにグリスのシミが付いた菜っ葉服(作業着)などは着ていない。
飲んでいる酒はこれまたおしゃれなグラスに注がれたビールだったりなんかのカクテルだったりであって、間違ってもペットボトルに入った焼酎だったり缶チューハイではない。
場合によっては経緯はともかく、少々スカした感じのオネーチャンと差し向かい。
こういうシチュエーションでのハイブロウなBGMとしてのモダン・ジャズと言えば私などには簡単に想像がつくものが少なくとも三つくらいはポンポンと出てくる。以下列記。
はずしてはいないはずだという妙な自信が私にはある。名付けて「高級BGMモダン・ジャズのトップ3」とか。
どれも内実は極めてシリアスな音楽だが切り口を変えれば高級BGMにはなり得るし、実際そういう聴かれ方は結構されているのではなかろうか。
「こういう類の音楽を酔っぱらって聴くのはけしからん、芸術に対する冒涜である」などという堅苦しい説教口を叩くつもりは全くない。何をどんな風に聴こうが個人の嗜好に於いて好きなようにやればいい。
私にとっては酒を飲みながら聴く音楽というのはどうもこういった類ではない。個人史みたいな記憶を辿ると二つばかり。
その1;女性に振られた後に、何というかざらついた気分でグダグダに酔っぱらい、何となく耳を傾けた音楽
精神的にきつい歌詞のオンパレードでグダグダ具合が倍加しました。
その2;若い頃に酷い就労環境の転職をしてお先真っ暗、人生のどん底を実感していた頃、家で大して飲めもしないウイスキーをちびちびやりながら陰気な想像に沈みながら聴いていた音楽。
へべれけになってふらふらと外に出て、とある四つ辻で悪魔と出会い、魂と引き替えに人生の有り様を劇的に変えて貰うなどというおよそ非現実的な空想も、酒が加わるとある種の期待としてよどんだ意識の中に浮かび上がってくるような日々があった。
そんな益体もない妄想のかけらさえも今の私にはない。ここではないどこか、今ではないいつか、貴方ではない誰か、そういうことを考えなくなって久しい。決して充足しているわけではないが、いつの間にか私は結構肯定的な人生観の持ち主に変わっていて一体いつの時点で切り替わったのかをはっきり思い出せない。
どうも私の場合、酒を飲んで聴く音楽というのは暗い心象風景のときが多かったようだ。
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