SSブログ

Now and Then/Carpenters(ナウ・アンド・ゼン/カーペンターズ) [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 私の少年期は音楽に接すると言えばそれは大体ラジオを聞くことを意味していた。媒体(この場合はレコード)を買ってくるというのはそれがドーナツ盤だったにしてもある種の決断とか覚悟を要する行為であって、ラジオで放送される曲を聴くというのはこれからどんなレコードを買ったらいいかの、言ってみれば試聴とか予習とかいった意味合いがあったと思う。

 思い出してみるとラジオで何かのポップチューンが放送されるときには最後まで曲がかかっていた記憶が余りない。 必ず2コーラス目の途中位でフェードアウトして、曲によっては食べかけのご馳走を途中で持ち去られていくような歯がゆさがいつもあった。一曲を最後まできっちりオンエアーしてくれるのはFM放送か一部の深夜放送だったが小学生位の頃の私はFM放送が受信できるラジオさえ持てない子供だったし、夜中まで起きてラジオを聞いていると何か罪悪感めいた気分に囚われもしたので結局物足りなさを感じながらラジオにしがみついていた。

 今でこそ欧米の音楽は色々にカテゴライズされているが、40年近く前は英語で唄われる歌は十把一絡げに「洋楽」と括られていた。何ともラフな括り方だと今になってみて思うが実際、今ほどには多様な様式が当時はなかった。英語やフランス語の歌を聴いているというだけで西洋かぶれだとか、気取った奴だとか思われていたご時世が以前は確かにあったのですよ。

 当時は幾つか、リスナーのリクエストを募ってヒットチャートを紹介するラジオ番組があった。最新のチャートに詳しい奴が学校では情報発信元として結構重宝された。そのレコードを持っているともなると崇めたてられるほどの扱いを受けた。オヤジの昔話は気恥ずかしいが、当時レコードというのはそれほど高価なものだったのです。

 ヒットチャートの番組は平日の夕方頃放送されていて、暇があれば聴いていた。1970年代初頭というのはいわゆる「洋楽」がロックとポップスに分化して扱われ始めた頃だったと思う。ヒットチャートを賑わしていたのは前者でいうと例えば

マシン・ヘッド

マシン・ヘッド

  • アーティスト: ディープ・パープル
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2005/06/22
  • メディア: CD

 

Smoke on the waterを聴いてギターを弾きたくなった諸兄は一体どれ位いるのだろう。ほぼ間違いなく日本で一番数多くコピーされたリフだと思う。私の周辺でギターヒーローと言えばエリック・クラプトンではなく何と言ってもダントツでリッチーでしたよ。

 

 一方、後者を代表するのがカーペンターズあたりだったと私は覚えている。このアルバムからはかなり多くのシングルヒットが生まれた。名曲の宝庫というのはこういうアルバムのことをいうのだろう。

Now & Then

Now & Then

  • アーティスト: The Carpenters
  • 出版社/メーカー: Universal Japan
  • 発売日: 1998/12/08
  • メディア: CD

 

 

 

二分法で言えば私は当時、明らかに前者に肩入れしていた。反抗期の少年というのは、えてして幸福に充足した風景に背を向けたい気分を持つものだ。何かこういう、円満な音楽がチャートの上位に陣取っている構図というのは理由もなく面白くなかった。 過去をありのままに語れば私は、例えば中学校の音楽室で先生が「さあ、みんなで唄いましょう」と呼びかけそうな類の歌はどれもこれも好きになれなかった。本作はまさに、そういった音楽の宝庫なのである。

 ヒットチャートはカーペンターズの新曲がシングルリリースされさえすれば殆ど必ずと言っていい位たちまちチャートを駆け上がって長いこと上位に居座った。一方時たま、パープルみたいなロックバンドの曲が円満なポップチューンを押さえて上位に来ると訳もなくちょっと痛快な気分になったりした。当時の心象風景で言えばそれは全く正しいありようだった。Highway starが初めてチャートの一位を射止めたときの訳のわからない興奮は今でもはっきり覚えている。

 しかし一方で、パープルを聞き続けてさえいればそれで私の欠落が埋められていたのかといえばそうでもなく、ラジオのヒットチャート番組が終わってから晩飯までの間、時間を持て余していた私が聴いていたのは、それがほんとに私の内面を映し出していたからなのだろうが、なけなしの小遣いをはたいて買ってきたキング・クリムゾンだったりした。少なくとも当時、ラジオでオン・エアーされることなど考えられなかった類の音楽だ。本当に聴きたい音楽を好きなだけ聴こうと思うと、世間の多くの人たちはテレビの歌番組を見たり、ラジオのヒットチャートを聴いたりしていれば幾らでも接することができるのに、私のような者は多くもない小遣いを工面してわざわざレコードを買ってこなければならないことに自分の足場の狭さを実感して、それは世間からの疎外感にも繋がっていった。だから了見の狭い逆恨みみたいな話で、それは全く私自身の本質でもあるのだろうがカーペンターズの音楽とかこういう類の音楽を好む人たちとかいうのは生理的に反感を持った。

 ここで私は三度、バカの一つ覚えのように円満という言葉を持ち出したい。実際カーペンターズの音楽には円満という言葉が見事にはまる。ここでの音楽は世界の中に自分の居場所が約束された人たちの音楽だと思う。何より当の本人である私は反抗期真っ盛りの中学生から30年以上を経てどういう訳だか世間の中でそれなりに自分の居場所を見つけ出して囚人や浮浪者や精神病患者になるでもなく、どうにか市井人としての毎日を送っていて、居間のBGMでしょっちゅう本作を聴いているのだ。中年を過ぎてようやく、どうにかこうにか精神が落ち着いて人や世界を幾らか冷静に眺めたり’受け入れたりできるようになってはじめて私はこの音楽に多少の愛着めいた感情も持てるようにはなった、その程度には成長した、大人になったと思いたい。翻って少年期、私は一体この音楽の何をそんなに煙たがって毛嫌いしていたのかと考え込んでみた。

 生まれながらにイノセントな人の歌声、というのが何度聴いても確認できる。カレン・カーペンターという人は結局生涯結婚も出産もせずにいたわけで、その音楽性も相まって私にとってはまるで純潔の象徴みたいなシンガーだ。実人生の様相がどうであったかはともかく「きれいな歌声でみんなを幸せにしました」と伝記になっても良さそうな位の美的完結性を持った音楽が本作だ。幸せとか充足をそのまま音にするとこういう音楽になるのだろう。だからといって脳天気な陽気さ一辺倒でもないところが本作の美点である種奥行きを持たせているのだろうと考えている。多少のセンチメントもところどころ聞かれるがそれらは一つとして悲劇的でも否定的でもない。ここには矛盾も屈折も蹉跌も悲嘆も悔恨も、とにかくネガティブは要因は一つもない。一つもだ。そのこと自体を今の私は嫌悪しない。そういう音楽は人に安息や希望を与えるために何時の世にもなければならないし、歌い継がれていかなければならない。以前はそう思わなかったけれど今は違う。

 少し想像を逞しくしてみた。本作のような音楽がそのままある人格の表れだとして、そういう人の目に私はどのように映るのだろうか?勿論「いい人」などであるわけはないが「嫌な人」でもなくきっと「いない人」だと思う。何かしら鬱屈を抱え込んだ人は存在しない。人が全てそうだということではなく、そういう人たちは仮にいたとしてもここでの歌世界を取り巻くシールドの向こうにいる人たちなので関わり合うことも意識することもなく、いないと同義である。ここでの音楽はそういう世界観や人間観によって成り立っている。そして以前の私は内輪同士で幸福を確認し合う排他的なある集団に対峙しているという一種、被害者意識のような感覚でカーペンターズの音楽に接していたのだろうと思う。その集団の様子がハッピーであればあるほど何かを妬む感情が喚起されていたような時間は確かにあった。

 しかし何とか大人になって自我の確立めいたものを遂げた状態で本作あたりを聴いていると、意地悪く言えばこれは無菌室の音楽なのである。澄み切った池があり、見事な景観ではある。しかしその透明度は大量に投げ込まれた塩素によって殺菌され、精巧な濾過装置によって清浄化された結果である。池にボウフラや蚊が湧くことはないがトンボが飛んできて卵を産むこともないし魚も棲んでいない。汚される悲劇はないが清濁取り混ぜた命のドラマを産むこともない。そんな光景を想像する。だから今の私は本作を全面的にハッピーな音楽だとは思わない。ある心情が純化されたその音楽は確かに文句なく美しいけれど暗から明へと転じていく魂の脈動のような側面は見事に欠落している。それは私にはどうも一面の不幸のように感じられるのだ。今の私がこの音楽に以前のような違和感を持たずに気楽に聞き流せている理由は恐らく、こんなこじつけめいた見え方を見つけ出してどこかで安心しているからだ。我ながら物事を斜めから見たがる癖は筋金入りで、きっと一生直ることはない。しかし大人になるというのはある意味そういうことでもあるのだと勝手に納得している。

 だから現在の私はこの音楽を否定しない。ビューティフルな虚構として私はカーペンターズが好きだ。但し深い共感はない。繰り返すが、大人になるというのはある面そういうことだと思っている。良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。