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Sicko(シッコ}を見に行く [映画のこと(レビュー紛いの文章)]

 今更ながらというか、ようやくというか私の住む町でマイケル・ムーア監督のSicko(シッコ)を見ることが出来た。

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 医療制度の問題を扱った映画ということで既に色々書かれたり語られたりしているはずで、今更私がここであれこれ書くまでもない。何しろ今は2008年6月の末で、本作が公開されてからもう優に半年以上経っている。

 雑感のようなことを羅列的に書いておくと、まず第一にやっぱり良くも悪くも「マイケル・ムーアの映画」だな、という作風だ。弱者の視点に立脚して社会の仕組みや権力者にもの申す姿勢そのものはヒロイックであり立派だと思う。本人の風貌も相まってところどころコミカルなアクセントが入る進行の仕方も商業映画として取っつきの良さがある。これが肯定的な側面。逆に懐疑的な見え方として、対比する材料として持ち出す他国の医療制度だがサンプリングの仕方に恣意的な所がありそうに見えた。医療費無料のEU諸国は大変な重税を課せられている国々だという話を聞いたことがあるし、実際若者のホームレスや失業者が沢山いる国もそれらの中にはあるが作品中そのことには触れられていない。仮想敵国(と一応されている)キューバの医療制度の素晴らしさについても、果たしてキューバ国民があまねく享受できる医療環境なのかどうかには疑問の声があると聞く。対比の仕方が極端すぎる気がするが、これくらいあからさまなコントラストを付けて提示されないと問題点を自覚できないのが現在の合衆国民の平均的な社会意識レベルなのだろうか。

 ともあれ、大して所得があるわけでもないのに持病を持つ人間が合衆国で生きていくのは相当厳しそうだ。そして現在、私が住んでいる日本国の医療制度も構造改革の名の下にジリジリとここで提示される恐るべき仕組みに近づきつつあるのがなんだか不気味で私にとっても何か他人事ではない気がした。。

 私が働き始めた頃、社会保険加入者の負担割合は一割だったがある時からは3割にまで上がった。会社員であることの金銭的メリットは少なくとも一つ失われたわけだ。ある時期の総理大臣は「痛みに耐えて云々」と訴えかけたがそのうちの一つはなるほどこういうことだったのかと負担が増えてから気付いた。あれから5年か6年くらい経ったが痛みは増える一方で一向に明るい見通しが立っていないように思えている。仕事柄病院職員と関わる機会は多いが平均的に見て経営は悪化する一方だし患者の側も不便さがどんどん増えているように見える。失業や転職で所得が落ち込み国民健康保険料が払えなくて病院に罹るときには知人の保険証を借りなければならない人が私の身辺には段々目に付くようになってきた。

 仕事は段々過重になってきているのに暮らし向きはむしろ悪化し続けている人たちばかりが私の周りでは目に付く。何故こんなことになってしまっているのかとか誰かが不当に富を享受し続けているとすればそれは誰なのかとかいった疑問が私にはある。映画の中でそれははっきり示されているが、それにしても医療保険会社というのは恐ろしい。テレビや新聞でひっきりなしに垂れ流される広告や投函される勧誘の封筒にかかっている費用は間違いなく莫大なものだろうが、それらを差し引いても十分利益が出るだけの経営がなされているのが医療を含め保険会社の経営状況なのだろう。以前、某損保代理店の方が「実は、『リスクのあるところには保険なし』でしてね」という本音を漏らしたのを私は結構しっかりと記憶している。だからといってケガも病気もせずに一生を終えることなどまず無理で、せめて今の医療費負担、保険制度を維持するくらいではあり続けてもらいたいものだと思っているし、社会の一構成員としては元気なうちは多少なりとも扶助する側としての意識を持ち続けていたいとも思う。

 この映画Sickoは私の住む土地では映画館での公開はされなかった。概してマイケル・ムーアの映画は集客が良くない。近作でいうとボーリング・フォー・コロンバインは既に閉館した冴えない50席くらいの映画館で平日、三日間くらいしか上映されなかった。私はこの映画を見に行けず、DVDを買った。

ボウリング・フォー・コロンバイン

ボウリング・フォー・コロンバイン

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • メディア: DVD

 

 

 

 

 『華氏911』は幾らか時事的な話題性もあったせいだろうが市内のシネコンで上映されたが期間は一週間、客の入りはガラガラだったようだ。

華氏 911 コレクターズ・エディション

華氏 911 コレクターズ・エディション

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • メディア: DVD

 

 

 

 

 

 本作Sickoは某団体の主催で上映された。本日一日きりで場所は市民文化ホールの、それも小ホールだ。席数は恐らく200から300の間だろうか。入場料は前売りで千円、当日券は千五百円、一日がかりで5回の上映だった。私は最終上映の午後7時からこの映画を見た。客の入りは大体七分といったところだろうか。今日は平日なので恐らく最終上映が最も集客数はあったはずだろうがそれでもこの程度だ。 

 大雑把に推測すると、私の住む町で今日、なにがしかのお金を払ってこの映画を見たいと思った人は600人位だったのではなかろうか。市の人口は約17万人、隣接する町を併せると大体22万人くらいのうちのたった600人くらいである。ロビーやホールの中を見回してみると見に来ていたのは中高年層が多く、ちょっと収入の良さそうな公務員とか教職員風の夫と専業主婦風の夫婦連れが目立った。

 公共の交通機関は殆ど死滅状態なのでとにかく移動は自家用車が必須なのが私の住む町である。市民文化ホールには専用の駐車場がないので今日の観客は隣接するスーパーの無料駐車場に自家用車を入れて見に来ていた。上映後終了後の午後九時は一斉に帰る自家用車でスーパーの駐車場は酷い渋滞が発生していた。勿論私もそこに紛れ込んでいたうちの一人である。

 駐車枠に収まった自分の車から目の前の通路に連なる自家用車を眺めて私は複雑な感情に囚われた。高級セダンだの、外車だの、ごついRVだのといった類が延々続いていた。運転しているのは夫婦やカップルの二人連れか一人かのどちらかで、四人も五人もで乗り合わせてきている人は一つも見かけることがなかった。今の医療制度が段々この映画で描かれている状況に近づいていくのは殆ど疑いようがない。そして彼らや彼女ら小ぎれいな服装で高価な自家用車に乗り付けてこの映画を見に来た人たちは一人一人分断されて鉄の箱を運転しながらここに来たバラバラの個人達である。気になる映画が一日だけ上映されるから一緒に見に行こうという呼びかけやそれに応じる関係というのはきっと殆どなかったのだ。 

 不幸な上映だったと思う。今日の観客達のうち大多数は恐らく医療費の心配などしなくても済むような階層の人たちだったはずだと私は想像している。この映画を本当に見ておかなければならなかった人たちは今日のホールには殆どいなかったと思う。本当にこの映画を見ておくべきだった人たちというのは、例えば低所得でロクに保険制度もないような就労環境に従事しているパートやアルバイトや派遣社員の人たちだったり何らかの事情で国民健康保険料を払えなくなったり生命保険を解約せざるを得なくなっている人たちのはずではなかろうか。 私は閉店間際のスーパーで買ってきた半額投げ売りの弁当を食って発泡酒をすすりながらテレビのバラエティ番組に興じている誰かさんのこととか、夜中のコンビニで紋切り型の接客を繰り返す誰かさんのことを想像していた。この映画を見て、何かを考えなければならないのは、本当はそういった人達ではないのか。

 しかし反面、私には妙な確信もある、先に挙げたような人達、本当にこの映画を見ておくべき人達が時間を割いて、お金を工面してわざわざ市民文化ホールにまで足を運んでこの映画を見ることはない。仮に入場料が五百円だったとしても、いや、タダだったとしても今日の上映が朝から晩まで満席だったなどということはなかったはずだ。ないから私たちを取り巻く医療制度は徐々にこの映画で描かれる合衆国風に近づきつつあるのだとも言える。何とも皮肉な逆説が私の結論で、結局拳を振り上げてみたところで降ろす場所がないことに寒々しい気分を覚えるのだ。

 この映画は既にDVDレンタルが始まっていると思う。百円くらいのレンタル料で見られるはずだとも思う。しかしそれでも常に貸し出し中などということなはいはずだ。百円でSickoを見る二時間よりもバラエティ番組を見て腹を抱えて笑い、携帯でメールを打つ二時間のほうがしっくりくるのが所謂大衆の平均的な意識ではないかとこのごろ私は思うようになってきた。

シッコ

シッコ

  • 出版社/メーカー: ギャガ・コミュニケーションズ
  • メディア: DVD

 

 

 

役人を『お上』と呼ぶことが当然だと思うような意識のありようが代わりでもしない限り、世の中の仕組みが変わることはない。 社会的な弱者の窮状を何でもかんでも自己責任として切り捨てる風潮をいいとは全く思わないが、逆に何でもかんでもしょうがないと受け入れては割り切っているうちに、ある日気付いてみたらとんでもない場所に立っていることだってありはしないだろうか。

 

 


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