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Gil Evans & Ten/Gil Evans(ギル・エバンス・アンド・テン/ギル・エバンス)  [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 一年くらい前に、このブログでマイルス・デヴィスとギル・エバンスのコラボレーションについて垂れ流しの駄文をアップしたことがあった。

http://r-shim47.blog.so-net.ne.jp/2007-08-22
http://r-shim47.blog.so-net.ne.jp/2007-08-26

 私のテキスト自体は整理の付いていないお粗末な代物でしかないことはいうまでもない。どうせ巧くまとめる能力が私にはないのだが敢えてまとめてみると、若き日のマイルス・デヴィスは、ある時デューク・エリントンからのオファーを受けたが自分にはビッグバンドでファーストトランペッターとしての経歴がないのと同時にその資質にも適性を欠いている自覚があったためこれを断った。 ギル・エバンスとの協調作業による成果はオーケストラをバックにソロを取るというフォーマットに取り組みたいという願望に基づくものだが、更に踏み込めば”もしも自分がデューク・エリントンのオーケストラでソロを取らせて貰えたらこんな風に演奏してみたかった”という過去の空想を現実化してみたかったのではなかろうかという憶測も成り立ちそうな気がする、というものだ。

マイルス・アヘッド

マイルス・アヘッド

  • アーティスト: マイルス・デイヴィス,ギル・エバンス
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 2000/06/07
  • メディア: CD

 

 

 

自伝中では、「音楽の父」から『ウチでやってみないか』風の声が掛かったことは本人にとってかなり嬉しかったらしいフシが伺えた。後年ものにしたオーケストラ作品のアレンジャーがフレッチャー・ヘンダーソン以来の伝統的作法の人ではなくギル・エバンスだったというのはこんな経緯に根ざしているのではないかという仮説をどうも私は捨てきれないでいる。言い換えれば当時、ギル・エバンスの志向していたバンドの音はかなりの部分、デューク・エリントンのトーンとかなりの共通項があったように私には聞こえる。

 マイルスはメジャーレーベルであるコロムビアへ転身するに当たってギル・エバンスとの共演によるオーケストラ作品を録音したい旨、当時の契約先であるプレスティッジのオーナーであるボブ・ワインストックに告げて、この無理難題に辟易したオーナーに契約の延長を諦めさせた、という物語は未だまことしやかに語り継がれているらしい。オーナーは相当そろばん勘定にシビアな人物だったらしいので(マイナーレーベルなのだからあんまり制作費のかかる演奏形態は願い下げにしたいのはごもっと もだが)『あと一息』の踏ん切りが付かなかったのこもしれないという想像は成り立つ。メジャー転身後のマイルスの商業的成功をボブ・ワインストックは地団 駄踏んで後悔したと伝えられるが、よく売れたレコードがギル・エバンスとのコラボレーションによる諸作だったことから察するに、「あのときやっときゃ今頃 は・・・・」的な思いだったのではなかろうか。この辺は人情の機微というか覆水盆に返らずというか、結論としては一マイナーレーベルのオーナーの手に負え る玉ではなかったと言うことだろう。

 本作はそんな成り行きのさなか企画された。白人のアレンジャーによるスモールオーケストラというのはプレスティッジのカタログ中では色々な意味で異色である。1957年の製作であり、当然ながらマイルス・デヴィスの参加はない。勿論、参加していないことで本作の価値がおとしめられているなどと言うことは全くない。マイルスとの共同作業によってメジャーシーンにその名を知られるようになったギル・エバンスにとっての初リーダー作がメジャーレーベルであるコロムビアでの恐らくは商業ベースのスタジオワークではなく、よりによって自分の知名度が上がるきっかけをもたらし、更に既に袂を分かったマイルスと浅からぬ因縁のあるマイナーレーベルによって企画されたことには、その後の有り様を含めてどこか人間世界の皮肉を感じる。

ギル・エヴァンス&テン

ギル・エヴァンス&テン

  • アーティスト: ギル・エヴァンス,バート・バーサローナ,デイブ・クルツァー,ポール・チェンバース,ジェイク・コーベン,ジョニー・キャリシ,ルイ・ムッチ,ウイリー・ラフ,ジミー・クリーブランド,リー・コニッツ,スティーブ・レイシー
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 1999/11/20
  • メディア: CD

 

 

 

 本作の録音データは1957年の9、10月であり、Miles Aheadが1957年の5月である。4か月後の録音、編成メンバーはコロムビア版の約半分というあたりにマイナーレーベルのオーナーであるワインストック氏の色々な思惑を感じ取るのは私の単なる妄想だろうか?

 しかしながら録音に至るまでの背景がどうあれ、本作が繰り返し傾聴に値する秀作であることには疑問の余地がない。この時点で既にアレンジャーとしてのギル・エバンスの特質はほぼ出そろっており、小編成であることがかえって異能ぶりを際だたせている。7人のホーンでこの音の厚みや重量感が達成できていることはやはり瞠目に値する。後年形容された『音の魔術師』という称号は本作での成果を指していると私は考えている。

 低音部にバスーンやフレンチホルンなどのプレイヤーを配することで重量感やふくらみを出すという手法は、ジャズのビッグバンドには恐らくそれまでになかった発想だと思う。リードセクションとブラスセクションとを区分けして個別に機能させるのではなく、局面に応じてホーンプレイヤーの出音を個別にブレンドさせるやり方は何度聴いても秀逸な工夫だ。適当さを欠く例えかもしれないが本作の出来はいい意味でうんとモダンな方向に舵を切ったデューク・エリントンを想像させるのである。徒に枠にはめるような物言いは控えるべきなのかもしれないが、モダン・ジャズのオーケストレーションに於いてエリントンの正統的な後継者がいるとすればそれはギル・エバンスだと私は見ている。

 ソロイストの中ではスティーブ・レイシーが断然光る。ジミー・クリーブランドも短いながらも鮮烈なソロワークを聞かせ、モダン・トロンボーンのテクニシャンはJ.Jジョンソン一人だけではないことを教えてくれる。私的にはもっとリー・コニッツにソロスペースを取って欲しかったのが玉に瑕だが本作はもう30年近く何度も繰り返し聴くが不思議と飽きることがないので、結局なんだかんだ言って愛聴盤なのだ。

 更に本作の聞き所はギル・エバンスのピアノソロがあちこちで聴ける点だろう。オーケストレーションがそうであるようにピアノの演奏もまたエリントンの影響をはっきりと感じさせるもので、不協和音の乱打だとか妙にたどたどしい運指だとか実に色々な手癖が酷似している。本人はプレイヤーとしての技量には余り自信がなかったらしく、後年MGMでの録音を除いては自分のピアノをフィーチュアした編曲は殆ど全く言っていいほど控えているのでこれは貴重である。恐らく、今の時点で手に入るギル・エバンスの録音のうち、本人のピアノが聴ける唯一のソースではないだろうか。初リーダー作ということもあるのだろうが、或いは小編成オーケストラであるから自らの出番を作ることを余儀なくされた結果なのもしれないが、期せずして本作は音楽家ギル・エバンスというフレーム部分を知るための格好のショーケースとなって結実した。

 その後の寡作ぶりから伺えるように、本作は高い作品性を持ちながらも商業的にはさほど成功しなかった。私なりに多少乱暴な結論づけをするならばギル・エバンスという人は偉大な先達であるデューク・エリントンの楽想のうち、最も芸術性の高そうで最も俗受けしなさそうな属性を抽出して発展させていった人だと思うのだ。しかしそれは決して音楽家ギル・エバンスの功績を割り引くことではない。考えてみればモダン・ジャズ以降ビッグ・バンドとかオーケストレーションという演奏形態や概念は急速にしぼんで小さなムーブメントしか形成しなくなってしまった。それは音楽自体が段々商業性を失っていったために物理的に場所を取り、費用のかさむバンド形態が維持しにくくなったという袋小路が余儀なくされる状況への変化でもあるのだが、商業的な成功が見込めそうにない中で営為を継続していたその姿勢にはやはり一定の敬意が払われるべきだと思う。

 去年アップしてみたMiles Aheadについてのテキストと併せて、何かここでやっと区切りがついたような気分に私はなっているが、こうして両作品のリリースから数十年を経て、拾い集めてみた周辺の情報を繋ぎ合わせてみて改めて思うのはデューク・エリントンというミュージシャンが作り出した引力圏の大きさである。これらがそこからの産物であることに私はヘンな確信めいたものを持っている。言い換えるとジャズが「酒場で演ぜられる黒人による通俗音楽」から徐々にそうではなくなっていく過程の一つの側面がエリントン、マイルス、ギル・エバンスという三人を結ぶ微かな点線としてここには現れていると思うのだ。

 


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