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The Eminent J.J.Johnson vol.1/J.J.Johnson(ジ・エミネント・J.ジョンソン vol.1)その2 [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 毎度この手のテキストを書く度に本筋から逸脱して音楽そのものと直接関係ないことに字数を費やすのはこれから書こうとすることを巧く整理できない私の構成能力のなさを表している。作文の練習みたいなつもりで前回の続きです。

http://r-shim47.blog.so-net.ne.jp/archive/20080724(前回のテキスト)

 J.J.ジョンソンのブルーノートに於ける2度目の録音は1954年9月22日に行われた。

ジ・エミネントJ.J.ジョンソンVol.1

ジ・エミネントJ.J.ジョンソンVol.1

  • アーティスト: J.J.ジョンソン,クリフォード・ブラウン,ジミー・ヒース,ウィントン・ケリー,ジョン・ルイス,パーシー・ヒース,チャールス・ミンガス,ケニー・クラーク,サブー
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2005/06/08
  • メディア: CD

 

 

 

 Amazon.comの画像リンクを見ているとジャケットにフィーチャリングされているサイドメンはクリフォード・ブラウン一人だけだが実際の12インチLPではその他の人達もクレジットされている。CDケースのサイズでは余り細々書けないので営業上一番ポイントが高そうなブラウニーの名前だけを記述していのだろうが、実際に録音されているのは曲数にして約半分ほどなので何だか姑息な商売上の魂胆と受け止めている。

  1954年の録音に於いては既にマックス・ローチとレギュラーバンドを組んでいたせいだろうがクリフォード・ブラウンの参加はない。1ホーンカルテット+コンガという編成で、ほぼ一人舞台に近い。よく、リード楽器とは異なりトランペッターの1ホーンというのはなかなか難しいと言われるがトロンボーンともなればそれ以上だろう。プレイヤーの絶対数が少ないせいもあるのだろうが実際、トロンボーンの1ホーンで何作もリリースしていたのはJ.J以外には思い当たらない。(カーティス・フラーには1作あったと覚えている)

 演奏曲目はどれも、整形美人的なJ.J.の超絶技巧が満載でサーモの効き具合の正確さもお約束通り。冷徹なまでに無機的に巧い。ひたすら巧い。

 サイドメンについてはチャールズ・ミンガスが注意を惹くだろうが自分のリーダーセッションとは異なって弦を弾き毟りそうな暴力的パッセージは影を潜めてひたすら優等生的にペンペンやっている。事情は不明だがブルーノートへの録音はこれ一作だけだし他には余りサイドメンとしての記録が多くないミンガスなので憶測でしか書けないが役割分担とか振る舞い方について意外と空気の読める物わかりのいい人だったのかもしれない。

 ウィントン・ケリーは兵役が終わって間もない時期に当たる。未だ後年の跳ね回るようなフレージングを確立するには至っておらず、そのプレイスタイルはバド・パウエルからの影響が半分がたを占めているように私には聞こえる。過渡期の姿なわけだがこれはこれで資料的には貴重な記録と言えるかもしれない。

 演奏曲目の中で気付いたのはOld Devil Moonで、後年J.Jがレギュラークインテットを結成して吹き込んだときの再演と殆ど同じアレンジである。機会を見て取り上げたいと考えているが、J.Jジョンソン諸作中、私が最もよく聴くこれの最終曲でもある。

ダイアルJ.J.5

ダイアルJ.J.5

  • アーティスト: J.J.ジョンソン,ボビー・ジャスパー,トミー・フラナガン,ウィルバー・リトル,エルビン・ジョーンズ
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 1997/03/01
  • メディア: CD

 

 

 

 

テーマをラテン・ビートで演じ、サビの部分にはストップ・タイムを用いるという青写真は2年前のブルーノートセッションで既にできあがっていたわけだ。素人ながら、『これをやりたくてこの日のセッションにはコンガを入れたのだろうか』と想像してみた。この日の録音中、コンガの参加が最も効果を上げた曲だ。この日のサブー、プラス、ケニー・クラークの役割を一人で担えるドラマーは・・・という勘案がJ.J の意中にあったかどうかは既に確かめようがない。

 改めて気付くのは当時仲間づきあいをしていたマイルス同様、J.Jジョンソンという人は、これから演奏しようとしている音楽の青写真があらかじめ想定されている部類のプレイヤーである点だ。無類の技巧はあくまでもその枠内でだけ発揮させるにとどめるところがこの人の理性の働かせ方であって、後年、沢山リリースされるそつなく抑制のきいたオーケストラ編成のレコーディングも自身の資質を総合的に発揮させた結果なのだろうが、弾けたようにブローしまくる記録が幾らもないのはやはりプレイヤーとしての資質の出し惜しみのようで勿体なく感じるのは私一人だけだろうか。

 と、ここまで書いて誤字や脱字はないかと自分のテキストを読み返してみて気付いた。私のテキストは垂れ流しにしてみても抑制をきかせてみてもさっぱり面白くもないし整合感もない。何かしらの形で後々名前の残る人とあと30年くらいすれば地球上の誰の意識の中にもない私のような有象無象のうちの一個体との明らかな差とはそういうことなのだ、と、妙に納得する次第。 


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