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Go/Paul Chambers(ゴー/ポール・チェンバース)その2 [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 前回の続きです。http://r-shim47.blog.so-net.ne.jp/2010-01-30

思いついた事を全部書こうとすると長くなりすぎる嫌いがあるので分けてみた次第です。

 

ゴー

ゴー

  • アーティスト: ポール・チェンバース,キャノンボール・アダレイ,フレディ・ハバード,ウイントン・ケリー,ジミー・コブ,フィーリー・ジョー・ジョーンズ
  • 出版社/メーカー: サブスタンス
  • 発売日: 2002/07/24
  • メディア: CD
 
 
 
 
 
 本作のレコーディング・データは1959年2月2、3日の二日間にわたって行われており二日の録音ではドラマーはフィリー・ジョーで三日にはジミー・コブがつとめている。
 
 ここで当時、参加メンバーの多くが在団していたマイルスのバンドに照らし合わせると少々興味深い。
フレディ・ハバードをマイルスに替える。ジョン・コルトレーンをテナーサックスに加える。ウィントン・ケリーをレッド・ガーランドに替える。ドラマーはフィリー・ジョーとすると、
【Blu-spec CD】マイルストーンズ

【Blu-spec CD】マイルストーンズ

  • アーティスト: マイルス・デイビス,レッド・ガーランド,ジョン・コルトレーン,ポール・チェンバース,キャノンボール・アダレイ,フィリー・ジョー・ジョーンズ
  • 出版社/メーカー: SMJ(SME)(M)
  • 発売日: 2009/02/18
  • メディア: CD
 The Rythm Sectionがバックをつとめるオフィシャルレコーディングでは有終の美といったところか。レコーディング・データは1958年4月2、3日の二日間となっている。
 
 ここから約10ヶ月後が本作のレコーディングで、約一ヶ月後に近似したメンバーで録音されたのが
Blu-spec CD カインド・オブ・ブルー

Blu-spec CD カインド・オブ・ブルー

  • アーティスト: マイルス・デイビス,キャノンボール・アダレイ,ジョン・コルトレーン,ビル・エヴァンス,ウィントン・ケリー,ポール・チェンバース,ジミー・コブ
  • 出版社/メーカー: SMJ(SME)(M)
  • 発売日: 2008/12/24
  • メディア: CD
  1959年3月22日だ。4月22日分の録音についてはウィントン・ケリーは参加していない。
1960年代に入り、御大とリズムセクションはそのままでキャノンボールをハンク・モブレイに入れ替えると
サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム+2

サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム+2

  • アーティスト: マイルス・デイビス
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
  • 発売日: 2005/07/20
  • メディア: CD
 但し、ここでのコルトレーンはまるっきりのゲスト参加だ。ここからゲストを抜くと
コンプリート・ブラックホーク

コンプリート・ブラックホーク

  • アーティスト: マイルス・デイビス,ハンク・モブレー,ウィントン・ケリー,ポール・チェンバース,ジミー・コブ
  • 出版社/メーカー: ソニーミュージックエンタテインメント
  • 発売日: 2003/07/02
  • メディア: CD
 ウィントン・ケリー、ポール・チェンバース、ジミー・コブというリズム陣はマイルスのバンドの歴史の中ではやや軽めでこじんまりした印象がないでもないが、こうして後から時間に沿って辿ってみると案外、バンド活動としては安定した一時期を形成していた事を再確認できる。更に言えばポール・チェンバースはその在団期間が8、9年にも及ぶわけで、バンドを去来した全てのサイドメンの中でも最長の部類に入る。
 そしてこの在団期間はそのままプレイヤーとしての最盛期でもあったわけで、60年代中期以降は急速にその躍動感を失っていった。
 
 かような時間の流れの中から生まれたこのボス抜きセッションだが、私には未だに整理のついていない同種のレコーディングが一つある。フレディ・ハバードが抜けてコルトレーンの加わったこちらもまた問答無用に素晴らしい。
 
キャノンボール・アダレイ・クインテット・イン・シカゴ

キャノンボール・アダレイ・クインテット・イン・シカゴ

  • アーティスト: キャノンボール・アダレイ,ジョン・コルトレーン,ウィントン・ケリー,ポール・チェンバース,ジミー・コブ
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2003/04/23
  • メディア: CD
  内容については別の機会に譲るとして、裏ジャケのライナーによれば本作のレコーディングデータは1959年2月3日となっている。Goと同日なのだ。そして、Goはニューヨークで録音された事になっている。同日のうちにNYとシカゴで二つのレコーディングをこなしていたとすればかなりのハードワークではなかろうか。そもそも1959年に於いてそのような行動が物理的に可能だったのだろうか。この辺は単にどちらかが記載をミスしただけなのかもしれないが、あるいはそんな事も当時の彼らには可能だったのかもしれないと思わせるくらいどちらもエネルギッシュな快演だ。
 
 憶測を交えて補足のような事を書くとVee Jayはシカゴを拠点とするレーベルなので、録音場所の記載が間違っていて、実はNYではなくシカゴでの録音という事もあり得なくはない。そうだとすれば行動の流れにはある種の整合性が出てきそうに思う。
 
 まあ、音楽とは直接関係のない話に終始しているが、この時期、この辺の録音を聞いているとついついマイルス一党のあれやこれやに芋づる式に手が伸びてしまうのが私の長年の習性という事だ。

 


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