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Stride Right/Johnny Hodges and Earl HInes(ストライド・ライト/ジョニー・ホッジス、アール・ハインズ) [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 ベニー・グッドマンに遅れること5年の1943年、黒人ミュージシャンとして初めてカーネギー・ホールのステージに立ったデューク・エリントンは定番ナンバーDaydream を演奏する前にこういう前口上でバンドの至宝を聴衆に紹介した。

All american No.1 saxophonist,Johnny Hodges!!

   ひいき目を抜きにしても実にシビレるMCだ。

jhodges.jpg
 
ある人はこんな風にも書いた。『彼は死の直前まで、ただの一つもつまらない音を出した事がなかった』
 
 ジョニー・ホッジスは1年少々の期間を除き、その経歴の全てをエリントン・オーケストラの一員として過ごした。何と通算40年弱をだ。 彼程のスタープレイヤーとしてこれは異例のキャリアだ。見方を変えれば御大にとっては何が何でも手元に置いておきたいだったとも想像出来るわけで、『余人を持って買え難い』とはまさにこういう事なのではなかろうか。
 
  実際、何故デューク・エリントンのレコードを買うのかと自問した時、それは勿論リーダーの音楽性への傾倒もあるがもしかしたらそれと同じかもっと強い理由としてジョニー・ホッジスのソロが聴けるからというのがある。 ここは大いにひいき目の入ったものいいだが、エリントンのオーケストラが輩出した幾多のソロイストのうち、最も思い入れの深いプレイヤーを誰か一人と問われれば私は迷わずジョニー・ホッジスを挙げる。   これは無い物ねだりに決まっているのだが、エリントン・オーケストラのレコード一枚の中でジョニー・ホッジスのフィーチュアリングナンバーがそうそう沢山あるわけでもない。少々気恥ずかしい喩えだが私に取ってエリントン・オーケストラでのジョニー・ホッジスのソロはショートケーキに乗っかったイチゴとか、マティニのグラスに添えられたオリーブとかいったもののようだ。
 
 ならばソロアルバムを蒐集すれば良いのだ。真面目にディスコグラフィーを調べてみたことはないがヴァーブだけでも実に40枚以上のレコーディングが残されているという。だが惜しいことに普通に入手できる盤は大体いつの時期もせいぜい3、4枚程度でしかないのでなかなかコレクションが進まない。一枚数万円もの出費をして有難いオリジナルプレスを物色することも私の場合はない。
 
  更に言えば、これまで数枚購入したソロアルバムのうち殆どは共演者の勘所はエリントニアンが中心であるボス抜きセッションみたいな内容のものが多く、私にとっては何か今ひとつ物足りない気がしていた。ソロアルバムであることの必然性が今ひとつ弱いような印象がある。大体全ての収録曲でソロが聴けるのだからそれだけでも有り難いはずのだが一つが満たされると次の一つが欲しくなる、全くもって身勝手というか贅沢というか。   
 
  言い換えるとこうだ。ジョニー・ホッジスの毎度何とも堂に入った吹奏、あれはエリントニアン達のバックアップによる背景作りとの相乗効果で生み出されているものではあるまいか。例えばワン・ホーンでの他流試合みたいなセッティングでの演奏を聴いてみたいという願望は常にあった。そんなわけである時見つけた本作の中古盤には1も2もなく飛びついた。変な言い方だがアウェーでの演奏、勘所とお
 もわれるピアニストが唯我独尊風の共通項を持つアール・ハインズであるところが尚更興味をそそった。
 
 
ストライド・ライト(紙ジャケット仕様)

 

 

 

ストライド・ライト(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト: ジョニー・ホッジス&アール・ハインズ,ケニー・バレル,リチャード・デイヴィス,エディ・マーシャル
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2004/11/03
  • メディア: CD
 
 
 
 
 その経歴のすべてを通じて、アール・ハインズはいついかなる場面であっても彼以外の誰かであることはない。本作に於いてもそれは例外でなく、彼は頑としてエリントニアン風であろうとはしない。従ってこの、双頭セッションに於けるもう一方の主役をエリントニアンとして接しているわけではない。結果としてその相対し方はジョニー・ホッジスの、サキソフォニストとしての素の姿を浮き上がらせることに成功している。そしてジョニー・ホッジスはというとこれまたいついかなる場合でも他の誰でもない彼自身であることを示しつつ、その芸風は私の予想以上にエリントン風以外の演奏スタイルにも納まりというか馴染みの良いものであることを明かしてみせたのだった。もやのように立ちこめるホーンアンサンブルから浮き上がるいつもの佇まいではなく、ここでのアール・ハインズは共演者に対していつもそうであるようにサックスのパッセージの合間合間に遠慮なくガンガンとリズミックなカウンターを刻み込んでいく。に多少想像を逞しくして聴き入っているとその身振りは野太く豪快なキータッチのせいも相まって何と言うか、『たまには俺の流儀でやるのも結構いいだろ?あ?』と呼びかけているようで、いつに変わらぬジョニー・ホッジスのポーカーフェイスぶりとのコントラストが本作の核だろう。大御所二人の身振りは噛み合っているんだかいないんだかわからないがとにかくアール・ハインズの用意した堂々たる開放感や明快さはエリントンの音楽には求め得ないものだ。  
 
 どの曲にも随所に手を叩きたくなる瞬間が連続する本作だが、個人的にエリントン・ナンバーのPardidが理屈抜きに楽しい。リズムセクションの若い衆三名は律儀にエリントニアン風に工夫を凝らす。特にドラマーはソニー・グリアー風、ケニー・バレルはフレッド・ガイ調のコードワークをギターで演じてみせる。ここでの主役お二方の対応ぶりは何とも滋味深い。 全体の構図としてはリラックスしたビッグ2のダイアローグであり、間を取り持つリズムの若い衆3人が良質な触媒となるべくあれこれと気配りをして引き立て役に徹するといった感じだろうか。すっかりオヤジになってしばしば無意識のうちに『今日日の若いもんは・・・』と口に出しそうになる私のような者にとっては羨ましいというか微笑ましいというか、ハッピーな音楽とはこういういうものだという格好のサンプルが本作だ。ジャケット写真でのお二方の表情はそのまま本作の気分を表している。考えてみるとジョニー・ホッジスの写真は大体どれもが澄まし顔であって笑っているところというのは結構珍しいのではないだろうか。

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