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Rock Bottom/Robert Wyatt (ロック・ボトム/ロバート・ワイアット) [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 何故か秋になると、カンタベリー系に手が伸びる頻度が上がる。カンタベリー系、などと訳知り顔でつい書いてしまったが、実はソフト・マシーンとその周辺を少しかじった程度であって大して詳しくはないのですが。

 私個人の話で恐縮だが、8年前、私は片足を切断しかねない大怪我を負い、長期入院生活を送った。幸い手術はうまくいって切断は免れたものの、歩行障害は残るかもしれないという医師の診断にはやはり落ち込んだ。
 普通に歩くことができなくなるかもしれないという暗い想像に落胆し、それでもとにかく生きているのだからいいではないかという開き直りで自分を鼓舞し、色々葛藤する中で本作のことを思い出したのだった。泥酔状態でバルコニーから転落し、脊髄損傷の重傷を負って半身不随となり、未来を絶たれたかつての天才ドラマーである。
 そんな経緯は当時の私が自分の心象を重ね合わせたくなるような物語でもあったので、3ヶ月以上に及ぶ入院生活の中で私の頭の中ではいつもこの音楽が鳴っていた。

ロック・ボトム

ロック・ボトム

  • アーティスト: ロバート・ワイアット
  • 出版社/メーカー: ビデオアーツ・ミュージック
  • 発売日: 2002/02/27
  • メディア: CD


 プレイヤーとしてのロバート・ワイアットは、まず第一に英国ロック史上に革新をもたらしたドラマーであることには疑問の余地がない。スネアーでアクセントをつけるリズムキーパーという役割でしかなかったロックのドラミングに彼は初めてジャズのイディオムを導入したのだ。
 コンビネーションで聴かせるという奏法はワイアット以前にはない。かのジンジャー・ベイカーが目標としていたというエピソードは決して眉唾ではない。ソフト・マシーン在団時からマッチング・モールまでのプレイは付け焼き刃の実験でも何でもなく立派にエルビン・ジョーンズの流れを汲んでいる。

 不幸な事故のため半身不随となったロバート・ワイアットが音楽表現を継続させるためには持てる資質のうちドラマー以外の属性で勝負せざるを得ない状況を余儀なくされた。勿論ロバート・ワイアットは単なるドラマーではなく、総合的に音楽を構築する能力の持ち主だったのだが、プレイヤーとしては歌にせよキーボーにせよ、『ドラマーの余技にしてはなかなか聴かせる』といった程度の、どこかノベルティ的な重みでしかなかったのは否めない。
 タイトルにあるとおり、Rock Bottom とは、そのようにしていわば「翼を失った天使」のような状況である出発点を物語っているのだろうと私は考えている。

 ここで聞かれる歌声は、勿論プロとしての資質を満たしているとは言い難い。声量とか音程とかいった技巧に関して言えば殆ど素人並みと言って良いほど拙い。ただ、何か表現することへの意志の強靱さみたいなものは痛いほど伝わってくる。
 このレコーディングのために集まったプレイヤーたちは実に錚々たるメンツで、それはワイアット個人の引力の強さであると同時に彼の背中を押す力の強さでもある。湧き出す音群は絶望から葛藤を経て救済に至るまでの心象風景を具象化したもののようでもある。
 「もう、歌うことしか残されていない」から
 「まだ、歌うことが残されている」の間に横たわる一線を踏み越えていく心の道程とでも形容すべきだろうか。多少なりとも似たような経験を持つ者である私にはとてもよく分かるのだが絶望感を出発点としながらも大変肯定的な音楽であり、五体満足な天才ドラマーであった頃に比べると、むしろ意識の中にあるであろう風景が、よりストレートに現れているようにさえ思う。

 その後の私は必死にリハビリに励んだせいで、普通に歩いたり走ったりはできるようになったが、当時のことを思い返すにつけ懐かしくも不思議なのは、肉体的なハンディを背負った人が、むしろ人生に対して肯定的な考えを持つようになるケースは結構多いのではないか。他人はそれを「不屈の魂」といったように呼称するのだろうが。
 生き続け、表現することの喜びや輝かしさがひしひしと伝わってくる傑作。感動という言葉さえこの音楽の前では陳腐だ。
 


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