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忍者武芸帳 [書籍]

 私のような世事に疎い者にさえここ数ヶ月で世界が崩落していく途中であるのがありありとわかる。一体どこまで転落していってこの事態は落ち着くのか誰にも見当がつかないのではないだろうか。年明けは更なる失墜の幕開けでもあるような気がしている。

 実際ここ4ヶ月ばかり、世の中の出来事は暗いニュースがやたらと多い。日中聞き流していたラジオのパーソナリティは「これが外国だったら殆ど間違いなく暴動が起きているはずだ」と番組中で語っていた。良く言えば忍耐強い、悪く言えば統治権力の矛盾に対して鈍感な、というのが日本人の国民性なのではないかという内容だったが、公共の電波がここまでのことを言うのだから状況は本当に良くないのだ。

  民衆蜂起の善し悪しは別として、身辺の色々な人たちの中にさえ世の中の仕組みに対する怒りの気分が醸成されつつあるのを実感する機会が最近は多い。たったここ3年ばかりの間に空気は随分変質した。先月だったかに経団連の会長が社長を務めるキャノンが派遣社員を大量に契約途中で馘首に踏み切った件の報道に関する記者会見で、詳しい事は広報から説明させると厚顔にのたまう様子を見ていてさすがに私も腹立たしい気分になった。経団連の会長を輩出する程の企業ともなれば、それはあるべき会社の姿として規範たるモラルを持っているものであって、事実ある時期まで経団連の会長の発言というのは日本国全体を鳥瞰しての慎重なものだったが、今や私企業がこれまで蓄え込んだ内部留保は押し隠しす一方、今後目先の収益のために間接雇用している派遣社員を大量馘首するその行いを、あたかもそれの一体何が悪いか、オレは直接関係ないと開き直らんばかりの振る舞いにはつくづく暗然とさせられる。今やそういう程度の人物が財界人のトップとして君臨する事を容認する程世間は劣化している。

 見ていて本当に胸の悪くなるような場面だったせいか、これまで何度も読み返してきたマンガを引っ張りだしてきて再読したくなった。色々な切り口をもつ群像劇だが、民衆蜂起のドラマという側面もある事を今更ながら意識した。

忍者武芸帳影丸伝 (1) (小学館文庫)

忍者武芸帳影丸伝 (1) (小学館文庫)

  • 作者: 白土 三平
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1997/05
  • メディア: 文庫

 マンガという表現形態が生み出した希有な「作品」として本作は未だに色褪せない。それどころか現在という時代状況の中で再び強い輝きを放っているようにさえ思う。個人的には「明日のジョー」と本作は少年期の私にとってどうしても外せない程強い影響を受けた物語としてこれから先も記憶にとどまり続ける。

 一揆の組織者であり指導者でもある影丸が、民衆蜂起が潰えた後に処刑される場面で発する台詞は、30年前に本作を読んで以来、事あるたびに私の頭の中で反芻されている。それは何かしら広い意味で私自身の支えであり、同時に私を鼓舞するものでもある。

 我ら遠方より来る、また遠方へ行かん というその一節は白土三平のオリジンではなくどこかからの引用と聞いたが、途方もなく長い周期で脈動する「民の心情」を大変簡潔、かつ的確に言い表している。

 日本のマンガを映画や小説と拮抗し得る固有の表現形態にまで高めた功労者が私には少なくとも二人いて一人は手塚治虫、もう一人が白土三平である。昨今は映画の業界もネタ切れがひどく、旧作のリメイクや日本のアニメやマンガの映画化が多いようだが本作は無理だろう。私は見ていないが以前、「忍者武芸帳」は大島渚監督によって映画化された事がある。

忍者武芸帳 [DVD]

忍者武芸帳 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: DVD

 実写の映画ではない。マンガのコマを抜き出したものを画面として繋いでいき、吹き出しに書かれた台詞を俳優が語る、という、いってみれば紙芝居的な作り方がされているとの事だ。 いつになっても評価の定まらない永遠の問題作とも言える。個人的には、黒澤明に無尽蔵の予算を与えて製作していたらきっと物凄い作品になり得ていたような気がしている。


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いっぷく

手塚治虫、白土三平、ちばてつや、振り返れば彼らの活躍していた時代が一番マンガを読んだころかな。いまはマンガとは無縁になりつつあります。
by いっぷく (2009-01-03 10:33) 

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