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Alchemy/Thrid Ear Band(錬金術/サード・イヤー・バンド) [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 昨日、ピート・シンフィールドのことをあれこれ書きながら「歌手や演奏家としての技量はともかく、自意識の表現者としては一定レベル以上の達成が認められる」みたいな落としどころに何となく辿り着いたわけだが、私が10代の頃などは何だか訳の分からない時間を過ごすことも結構あったことを思い返していたら不意にサード・イヤー・バンドのことを思い出した。

 私事で恐縮だが、10代の頃の私は金がないのに時間と想像力だけは持て余すほどあった。金がないところは現在に至るまで一貫して継続中である。
 今とは違って世界はやたらと広かったので、こと音楽に関する情報もごく限られたものしか伝わってこなかった頃のこと、ロックというカテゴリーが独立した一分野ではなくポップミュージックの中のある先鋭的な部分として捉えられていた頃というと1970年あたり、東芝EMIは所属アーティストを紹介した小冊子を各レコード店に置いていた。確かRock Now!というタイトルで、要するに販促資料だ。

 乏しい小遣いの中からなんとかドーナツ盤が1ヶ月に一枚買える買えないか程度の私はものの見事にこの無料配布の小冊子にひっかかった。タダのものなら何にでも飛びつくさもしい小僧だったのです。
 1960年代後半から勃興してきた一群のロックバンドは十把一絡げにニュー・ロック(!)と総称されていたことを覚えていられる諸兄は結構おられると思う。小冊子に紹介されていたのはそれら諸々のバンドで、乱暴な切り分け方をするとビートルズとベンチャーズ以降の東芝扱いロックバンドの面々である。

 洟垂れ小僧に毛の生えた程度のヒネガキだった当時の私にとってこの冊子はバイブルだった。音楽雑誌を買えるほどのお金も持っていなかったのだから仕方がない。グランド・ファンク・レイルロードとかピンク・フロイドという名前を私はその小冊子から知った。Atom Heart Motherが驚天動地の音楽として一部のマニアックなリスナーを瞠目させていた頃である。
 私はその小冊子を穴が開くほど読んで読んで読みまくった。なにしろ当時私が手に入れることのできるロックについての唯一の情報源なのだから当然だ。レコード会社はCBSソニーもあればパイオニアもありなのだがそちら方面の知識は全くないまま東芝EMI発酵の小冊子に関しては書いてあることの一字一句を丸暗記するほど読みまくった。今にして思えば全く馬鹿げたエネルギーの使い方であって、これをもっと他の、何か建設的な方向に振り向けていたら今頃は恐らくもっと別の、現在よりは幾らか真っ当な人生を歩んでいたのかも知れないがこれは詮無い話だ。

 私的な話を続けると、私には兄がおり、当時彼は中学生でビートルズにはまった。白状すれば私が後追いでビートルズにはまったのは兄の影響かもしれない。あちらは年が上である分小遣いは私よりもやや多く、時たまミュージック・ライフを買ってこれる程度の懐具合ではあったようだ。総体比較すれば有料の情報源を持っているだけに知識量のある兄が私の情報源であり指南役となるのはいわば必然だった。

 私は殊更ピンク・フロイドに関心があり、その音楽を聴く機会など周囲には絶無だったので余計に好奇心が募った。何せドーナツ盤で聴くビートルズとベンチャーズしか知らなかったのでストリングオーケストラと共演するロックバンドの音楽という想像はとどまるところを知らないほど膨張しまくったのだった。
 ところで兄は当然行動半径も広く、私などとは違ってどこかでピンク・フロイドの音楽に接する機会があったらしいのだ。(とは言ったって誰かの持っているレコードを聴かせて貰ったという程度の話なのだが)
 あるとき兄に、ピンク・フロイドのことを切り出すと彼はせせら笑うようにして、確か『おまえはその程度のことしか知らんのか、実は他にももっともっと凄いロックグループはあるんだぜ』というような内容のことを聞かされたような気がしないでもない。
 とにかくその時、初めて私は今回のテキストのテーマであるサード・イヤー・バンドという名前を認識したはずだ。ギターもドラムもいないロックバンドで「マクベス」という映画のサウンドトラックを担当したと私は兄に聞かされた。サウンドトラックと言われたって当時の私の理解力では何のことだかさっぱり分からない。すると読書家だった兄は「マクベス」のストーリーについて講釈を始めたのだがこれも私にはさっぱり理解できず、何だかおどろおどろしい話なんだという程度の認識しか持てなかった。
 結局、粗雑極まりない理解力の持ち主である私には『何だかおどろおどろしい音楽を奏でる一群』としてこのサード・イヤー・バンドが刷り込まれた。あんまり読み過ぎてボロボロになった小冊子にもそれはほんの片隅に紹介されていたような気がする。

 その後数年してから、自分の小遣いで音楽雑誌を時たま買える程度の中学生になった私は雑誌に掲載されているこのバンドのデビュー盤のジャケットがひどく気になっていた。70年代中期、オカルトブーム真っ盛りの頃のことだ。(無節操に長い前置きは良くないと我ながら思う)
 

錬金術(紙ジャケット仕様)

錬金術(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト: サード・イアー・バンド
  • 出版社/メーカー: 東芝EMI
  • 発売日: 2003/12/17
  • メディア: CD

錬金術とはまた何ともおどろおどろしいタイトルではないか。

 その後の私事はすっ飛ばして、私が本作を手に入れたのはそれから20年近くも経ってからのことだ。プログレッシブ・ロックなどというカテゴリー内のカテゴリーがとうの昔に廃れきり、音楽の記録媒体もとうの昔にCDに取って代わり、ある時行きつけの中古レコード屋さんで私は本作を発見した。
 少年期に訳の分からない空想を膨らまし続けていたこの円盤を私は二束三文で売って貰い、20年分の空想を思い出して少々恥ずかしい気分で聴き始めた。

 以来時たま本作はターンテーブルに載ることがあるが、何とも形容しがたい内容としか言えないのだ。この音楽を判断する物差しが私にはない。何かのカテゴリーに押し込めることの意味のなさをこれくらい実感する音楽もそう多くないのではないだろうか。
 これは広範な素養を持った演奏家であるという意味ではない。喩えて言うと洋服を買いに行ったアパレルショップで羽織袴を持ち出されて商品説明を受けている感じ、帽子屋さんに入ったら店内の陳列商品が全部ターバンだったりするときの違和感だろうか。

 ヨーロッパ中世の音楽のような中近東のどっかの国の音楽のような、何せこちらの用意している知識の引き出しと全然関係ない出自である属性ばっかりの混合体みたいなこの音楽が、ロックとして扱われていたのは殆ど冗談みたいな状況だと今は思う。
 そんなわけで、未だに私にとっては何だか訳の分からない40分の経験である本作だが、強いて一つだけ得られたものを記しておけば、私は自分で思っているほど受け入れる音楽の許容幅の広いリスナーではないということだ。大体私はこのバンドが未知なる世界への案内人達なのか単にハッタリだけの山師集団なのかさえ判断できないのだ。

(追記)リンク先、amazon.comのカスタマーレビューは必見ですよ。


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