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On the Road/Art Farmer(オン・ザ・ロード/アート・ファーマー) [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 1960年代後半、アメリカを離れてウィーンに引っ越したアート・ファーマーは地元の放送局お抱えのスタジオ・ミュージシャンとして過ごすことになる。聴き手の予想を覆すことのない端正で流麗な演奏スタイルや、譜面に強いセクションワーカーとしての資質は確かにスタジオ向きと言えるかも知れない。

 反面、在米時のアート・ファーマーは遂に傑出したバンドリーダーたり得なかった。プレイスタイルがそのまま人格を象徴しているとも思えないが自らがリーダーとしてその定見にサイドメンを従属させるというミュージシャンではなかったようだ。
 1960年代中期以降のアート・ファーマーは自己名義のレコーディングに於いてどこか固有のレコードレーベルと長期専属契約を結んでいたわけではないのだが、どこまでも4ビート専門のハードバッパーとして根無し草的な拾い仕事をこなしていたのではなく、むしろ破格の待遇でスタジオ・ミュージシャンとして迎えられた結果安定収入が得られるようになったためジャズの仕事はスケジュールの空きを利用した個人の趣味程度のものとして携わっていたというのが真相らしい。

 渡欧後しばらく経った1970年代中期以降、徐々にジャズの録音を増やし始めたアート・ファーマーだが本作はしばらくぶりに里帰りした際の録音である。米国内での自己名義録音というのは結構久しぶりのことだったのではないだろうか?

オン・ザ・ロード

オン・ザ・ロード

  • アーティスト: アート・ファーマー・フィーチャリング・アート・ペッパー, ハンプトン・ホーズ, レイ・ブラウン, スティーヴ・エリントン, シェリー・マン
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2001/05/23
  • メディア: CD

 どれもそうだが、アート・ファーマーという人はレコード作りの平均点が結構高い。冒険的なところがなく、毎度同じような企画ばかりなのだがどれもそれなりに最後まできっちり聴かせながらマンネリズムを感じさせないというのは地味ながらこの人の美点だと思う。本作もそういう範疇の中に無難に収まる佳作だ。

 参加メンバー中、アート・ペッパー、ハンプトン・ホーズという人選が結構ぐっと来る。直接音楽とは関係のない話題ではあるけれど前記二人はどちらも麻薬禍の代償としての長期療養生活や服役を乗り越えてのカムバックという経歴の共通項がある。また、主役を含めてこのメロディ楽器を受け持つ3人はいずれも熱狂性や激しさを売り物にするプレイヤー達ではない。そのキャリアに於いては3人とも遂に、確たるリーダーシップを発揮して恒久的なバンドリーダーたり得なかった点も共通している。
 こういう経歴的にも演奏スタイル的にもどこかいまひとつ押しの強さに欠けるというか芯の弱さを感じさせる三人衆を受け止めて支える穏健にして強靱なリズム隊(特にレイ・ブラウン)というのが本作の構図だ。

 内在する弱さに対してこのメロディ楽器3人衆はそれぞれのやり方で向かい合って折り合いを付けてきたのだろうなあと私は本作を聴く度に思う。
 アート・ファーマーはデビュー以来の端正さを崩すことなく、スタジオミュージシャンとしての経済的基盤を得ることでジャズの演奏では終生自分の吹奏スタイルを守りきった。
 アート・ペッパーはコルトレーンの語法を取り入れることで賛否両論を呼び起こしはしたが、意識の集中やある種の上昇志向というコルトレーンのミュージシャンとしての色合いに自分を重ね合わせて鼓舞していたのだろうと思われるフシがある。
 ハンプトン・ホーズはと言えばカムバック後は断片的にモーダルな奏法を取り込んでどこかビル・エバンスの影響を伺わせるスタイルに変化した。より内省的なスタイルへの変化と言い換えても良いかも知れない。
 確信に満ちて揺るぎないリズム隊をバックにどこかナイーブさを隠しきれないここでの3人衆の身振りは何とも親近感があって好きだ。私はもう長いこと、20年以上、折に触れて本作を繰り返し聴き続けてきたが、今こうして中年晩期となってみると神にも王者にもなれない人達はそれぞれの折り合いの付け方でそれぞれのささやかな物語の中を生きていくのだと改めて思う。勿論私も過去のどこかでそういう時間をくぐり抜けてきた。一息ついて過去を振り返る癒しの時間は人生の折り返しを過ぎた者にとってはなかなかに大切だ。時代の扉をこじ開けてどこまでも前進を続けたジャイアンツ達の生み出した音楽からは得られないものもある。

 私にとってのベストトラックはアート・ファーマーとハンプトン・ホーズがデュエットで聴かせる2曲目のMy Funny Valentine、他幾多の名演が聴かせるような張りつめたような静謐さも連綿たる情緒性もないが 、
ナイーブな資質を持つ者同士が言葉少なに訥々と語り合っているかのような風情が感じられる好演だ。そういう解釈も可能なのは原曲の持つ滋養の深さでもあるのだろう。
 


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