若さのなし得る達成についてちょっと考える [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]
うろ覚えではあるが、1970年代中期、プレイボーイ誌のインタビューにジョン・レノンが登場したことがあった。
ビートルズ解散後の色々な騒動やらめいめいソロワークが軌道に乗り始めたメンバー同士の鞘当てが収まりきらない時期でもあったのだが、インタビュアーは執拗にビートルズ再結成の可能性について前向きなコメントを引き出そうとしていたのに対して、ジョン・レノンはあくまで「もう過ぎた時間のことなんだから、そういう時間は終わったのだから」と、どこまでも否定的だった。
ファンであった私は当時、そのインタビューを少々寂しい気分で読んだが人には確かに時間と共に変化していく部分があるのだし、ソロワークを立ち上げたばかりのミュージシャンが「何で今更バンドの1/4に戻らなきゃならないんだよ?」と思うのも無理はないと今は納得できる。
レコードというのは言葉本来の意味からすれば記録であって、そのミュージシャンなりバンドなりのある時点での姿を捉えていもいるのだが、必然偶然を問わず何か物凄い達成がなされているというのはやっぱりある。
但しそういう風にして記録され、リリースされた歴史的傑作が当の本人にとっても好ましい追憶であるかというと必ずしもそうでない場合も結構あるようだ。
昨日エントリーしたhttp://blog.so-net.ne.jp/r-shim47/2007-09-27
ソニー・ロリンズにとって意外なことに余り強い記憶としては残っていないかも知れない。
これもうろ覚えだが、20年以上前のスイング・ジャーナル誌のインタビューで本作の別テイクはどれくらい録ったのかと聞かれて「あったかなかったかももう覚えていないね、だいぶ以前のことだからねえ」と、素っ気ない回答をして本作に多大な思い入れを持つであろうファン達に見事な肩すかしを食わせてくれた。
それどころかインタビューされるたびに本作のことを持ち出されて結構うんざり来ていたらしいフシがある。ある時などは、マイルス・デヴィスと一緒にビリー・ホリディのバックを付けたある夜のステージが素晴らしいセッションだったがそれはレコーディングされていない事例を出して、レコードに残されているものが全てというわけじゃないでしょう、日本のファンはレコードに頼りすぎる、と、水を差す発言もあった。
フィールドを替えてみる。これまた問答無用の歴史的傑作であることに異議はないはずだが
クリムゾン・キングの宮殿 (ファイナル・ヴァージョン)(紙ジャケット仕様)
- アーティスト: キング・クリムゾン
- 出版社/メーカー: WHDエンタテインメント
- 発売日: 2006/02/22
- メディア: CD
1975年2月、ニューヨーク ミュージシャン・クラシファイド誌に掲載されたイアン・マクドナルドIan McDnaldのインタビューは痛烈だ。
「何故キング・クリムゾンを抜けたかって?ハッ、またその質問か!
理由は沢山あったよ。要するにバカだったのさ。どんなに凄いことをやっていたのか気づかなかったんだ。
でも自分が曲の殆どを書いていたにも拘わらず、あのバンドでは自分がやりたいことを全てできないって感じたんだ。
いずれにしても、いいことは絶対にやめたらいけないって事を教えてくれたよ」
(紅伝説 The Essenntial King Crimson Flame by Flame のライナーから転記)
いろんな分野について言えることだが、神懸かり的な飛躍とか奇跡的な達成というのは20代になされることが凄く多そうに思っている。しかしながらこと音楽については当事者が余り自覚的でないケースもかなりありそうで、20代という年代はそういう年代なのかも知れない。
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