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椿三十郎を見に行く [映画のこと(レビュー紛いの文章)]

 数日前、映画館に椿三十郎を見に行ってきた。

元々の完成度が余りにも高いため、リメイクに当たっては色々と苦労があっただろうとは思われた。

椿三十郎<普及版>

椿三十郎<普及版>

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2007/11/09
  • メディア: DVD

 結果として、シナリオには手の入れようがなかったのかも知れない。セリフのやりとりの細部に至るまで、ほぼ完全にオリジナルを踏襲したものとなっていた。
 変にオリジナリティを出そうとすれば「改悪だー!」と批判されるだろうし、前作そのまんまであれば黒澤明の偉大さが改めて強調されるだけだろうし、要するにどっちに転んでもリメイク版の制作陣にとっては分が悪い。
 今回は後者の方向性となったが、より小さなマイナスという選択肢しかないというのはやはり辛かろう。

 監督の森田芳充は、「家族ゲーム」以来私は割と好感を持っている。才人だとは思うがやはり、幾ら何でも黒澤明と比較すれば小粒感はどうにも否めない。色々と制約の多そうな製作条件の中で、どこにオリジナリティを見せてくれるのかに注意していた。
 前作は上映時間99分と比較的コンパクトな(但し密度は凄い)できあがりだったがリメイク版はおよそ120分である。シナリオは前作とほぼ全く同じでありながら約20分長くなっている。
 この20分は殆ど全てといってよいほど、場面の説明的なカット割りや殺陣を含む活劇シーンの拡張に費やされている。従って、物語の展開は平易で分かり安いし、アクションシーンもそれなりの時間的ボリュームは持つに至ったが反面、「カットとカットの間を読む」スリルは失われたし、三船敏郎の演じた「剛刀一閃」の迫力が薄らいで「普通に強い人」風な見え方となってしまっているのがちょっと惜しい。
 思えば黒澤明という監督は、殺陣の立ち回りを短時間にまとめることでかえって三船演じる主人事の圧倒的な強さを強調していたわけで、感想としては凡庸ながらさすがと言うほかない。

 オリジナルとは別の映画として見て、独立した映画としての良さを発見するように努力したつもりだが、何しろオリジナルの刷り込みが強すぎてどうしても比較論みたいな話になってしまうところが歯がゆいのだが、リメイク版ではカラー撮影のせいもあって、咲き乱れる椿の花の映像描写が見事だ。30分でも1時間でも見続けていたくらい綺麗な映像を堪能できる。際立った美点がそれくらいしかないというのは私の感受性にそもそもの問題があるのだろうが、正直言って小粒なものはやっぱりどこからどう見ても小粒であって余り積極的な印象が出てこないのは仕方がない。

 主演が織田裕二というのは公開前から疑問やら批判やらに晒され続けてきた。誰がキャスティングされるにしろそれはいささか酷な人選にしかなり得ないとは思う。映画を見ながら私は『一体誰であれば結構しっくり来ただろうか』と考え続けていた。三船敏郎という乗り越えようのない配役が既になされている以上、これまた誰を持ってきてもより大きなベターでしかなく、ベストにはなり得ない。辛いところだ。
 個人的には、この人あたりが好ましかったように思っている。

 城代家老の奥方がのたまうところの「貴方は抜き身の刀のような方ですわね。でも本当にいい刀はさやに収まっているものですわよ』(だったかな?)というセリフがリメイク版のキーワードだろうと今の私は考えている。
 主演のキャスティングを選考するに当たって、佐藤浩市氏が候補のうちに入っていたかどうかは知らないが、「抜き身の刀」のようなムードを発することのできそうな人選ではあると個人的には思っている。
 敵役の室戸もまた、主人公の陰画として同じく「抜き身の刀」的なムードを発散する配役だ。リメイク版での豊川某は主役と同じく、それからはほど遠い印象の持ち主に見えた。

 織田裕二という俳優などは、私の個人的意見としてそれこそ絵に描いたような「鞘に収まった刀」である。何をどんな風に演じても彼は「鞘に収まった刀」である人のように私には見えている。取って付けたような無頼漢ぶりは実にリアリティに欠ける。オリジナルにあった土臭い豪快さ、爽快感が希薄なのは多分にこのキャスティングのせいだと私は考えているほどなのだ。
 ただしだからと言って、先に書いたような主役が佐藤浩市だったらもう少しは良かったのにとか言う戯言を書きたいわけでは全然ない。
 恐らく、誰を主役にキャスティングしたところで、リアリティに欠ける、熱気や爽快感の薄らいだリメイクになったことに変わりはないのではなかろうかと私は考えている。それはきっと、製作される映画そのものよりもこれを迎え入れる私達の側がオリジナルの公開当時と比べると余りにも変質してしまったせいだ。
 「俺が法律だ!」的な言動、アウトサイダーの凄味、問答無用の迫力、一匹狼の峻厳さ、「抜き身の刀」とはそういう属性を身にまとったヒーロー像の比喩であり、オリジナルの公開当時はそういった人物像がまだ幾らかにリアリティをもって観客には好意的に迎え入れられていた時代だった。

 翻って今日日、現実世界に置いて一見、「抜き身の刀」みたいな存在に私達は一体どれくらいのリアリティを感じられるだろうか?卑近な例で言えば数年前、一世を風靡したかに見えたホリエモンみたいな奴にしたところで、とどのつまり彼は風雲児でも何でもなく、所詮は彼の背後で蠢く顔の見えない複合的な強欲さに利用された操り人形に過ぎなかった。私達が今日メディアやなんかで見かける一見「抜き身の刀」は殆ど全てと言っていいほどこの類の手合いである。そんな例には飽き飽きしていると言っていいほど今の私達は「抜き身の刀」風のヒーロー像を素直には受け入れられなくなってきていそうに思う。
 鞘から抜いてみたら実は刀じゃなかった、なんていう事例が今の私達の周りには余りにも多すぎる。大まじめに抜き身の刀を志向していたら終着点が監獄だったりホームレスだったりするようなご時世ではなかろうか。鞘に収まり続けていることで「俺は刀なんだぞー」という幻想にしがみつき続けているしかないのが今の私達ではないのか。

 そういうご時世であればなおのこと、荒唐無稽なファンタジーとして「抜き身の刀」のヒーロー像は受け入れられていいのではと思うが、最早私達の多くは疲弊しすぎ、穿った物の見方をしすぎるすれっからしばかりになってしまったのではないかと思っている。
 だから私はこの、織田裕二といういかにもお行儀の良さそうなお兄ちゃん風を敢えて主役に配することで「『抜き身の刀?んなもの今日日、いるわけねーじゃねーか」という少々寂しくもシニカルなメッセージを伝えたかったのではなかろうかという屈折した解釈を持つに至った。根性のねじ曲がった私のような奴はどこまでも斜めに物事を見たがるようだ。


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yuumin

椿~私はリメイクのみ見ました。
おもしろかったです。普段まったく時代劇に関心がない。
見たくもない。私にもこの作品は楽しく思えました。
リメイクの宿命で比較されてしまいますが今の時代にあわせた作品に
変えてあることはいろいろな雑誌で監督が語られています。
当然ですよね。
旧作ファンの方が語っているような豪快な人は今の時代に受け入れられる
はずもなく。むしろ若侍も反発してしまうだろう。という監督の意図で
兄貴的な椿になったわけですが。
まぁ、旧作ファンの方にお叱りを受けることは覚悟の上でのリメイクの
ようなので。
私も機会を見て三船さん作品見てみたいと思います。
by yuumin (2007-12-28 06:22) 

Hiji-kata

先日は ご訪問ありがとうございました。
残念ながら、今回の「椿」は咲かぬまま散る
ような気がしますね。
やはり、いろんな点で黒澤版との差が大きくて
如何とも しがたいものがありました。
でも、これは「織田裕二の罪」というより 森田監督
の無能が元凶ではないかと思ったりしています。

>>三船敏郎という乗り越えようのない配役が既になされて
>>いる以上、これまた誰を持ってきてもより大きなベターで
>>しかなく、ベストにはなり得ない。辛いところだ。
おっしゃるとおり、三船に代わる “三十郎役者”は
今の日本にはいませんが、演出にもっと工夫があれば、
たとえ織田が演じても、もっと面白くなっていたでしょうね。
by Hiji-kata (2008-01-06 09:12) 

Hiji-kata

【追伸】
前のコメントで、「これは “織田裕二の罪” というより
森田監督の無能が元凶ではないか」と書きましたが、
今日 同じような見方をしている記事を見つけました。
演技論、俳優論など なかなか興味深い内容です。
よかったら 読んでみてください。
http://blog.so-net.ne.jp/dvd-diary/2008-01-05-1
by Hiji-kata (2008-01-08 05:56) 

shim47

yuumin様コメントありがとうございます。
制作上色々と制約があったらしく、オリジナルの拘束度合いが高い映画となったようです。
このことの善し悪しは別として、yuuminn様に楽しめる映画だったとすればある割合でそれはオリジナルの良さでもあったはずだと私は想像しているのです。
 そういう意味で機会があれば是非、レンタルDVDで三船敏郎主演のオリジナルを見て頂ければと思います。
by shim47 (2008-01-09 09:52) 

shim47

HIji-kata様 コメントありがとうございます。
リンク先の記事を読ませて頂き、大変参考になりました。主演の候補で列記されているうち、佐藤浩市さんの名前があるのには少々びっくりしました。山勘めいた私の思いつきもあながち的はずれではなかったのでしょうか。

 本作での森田監督については私の中で評価にまとまりがついていません。シナリオ、キャスティング等々全てが黒沢組でまとめ上げられてあそこまでの完成度であるオリジナルである上に大変条件の厳しいリメイクですから、或いは誰が監督しても減点法でしか評価されなさそうに考えています。森田監督には彼なりの持ち味はあると見ていますが同一線上でよりによって黒澤明と競わなければならなかった今回のお仕事はちょっとお気の毒だったように考えています。
 個人的には、森田芳充の資質は黒澤明&三船敏郎の打ち出した「剛直さの美学」とか男性性とは、むしろ裏側にありそうに思っているのですが・・・
by shim47 (2008-01-09 10:17) 

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