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Novenber Cotton Flower/Marion Brown(ノヴェンバー・コットンフラワー/マリオン・ブラウン) [音楽のこと(レビュー紛いの文章)]

 私が知る限り、マリオン・ブラウンはかなり下手くそな部類に入るサックス・プレイヤーだ。著名なミュージシャンのうちでは屈指の下手くそさだと言っても過言ではないと思う。その下手さというのは、例えば晩期に於いて体調を崩したバド・パウエルが聴かせる乱れたキータッチの類ではない。あれには神の座から転落していくミューズの化身、といったような悲劇的ドラマツルギーが宿っていたがマリオン・ブラウンの場合はデビュー当初から徹頭徹尾、終始一貫して、そもそもサックスという楽器を十全に鳴らすというあたりからしてその技量は相当に怪しく、長いキャリアを経てなお一向に上達が見られない。

 弱々しく不安定な出音、たどたどしいキーワーク、途切れがちなフレージング等、およそプレイヤーとしての教科書的美点はどこにも見出せないマリオン・ブラウンが何故私の記憶に根付いているかと言えばバンド全体をまとめ上げる楽想の豊穣さにある。これは楽器プレイヤーとしての技量の拙劣さを補って余りあるもので、共演者達はかなり高い確率で彼らの代表的な名演を聴かせる。更に言えば、共演者達の献身的な協調ぶりを背景にしたこの貧相な主役は、彼の音楽がギミックでもキワモノでもなく、確かにリスナーに訴えるべきテーマと個性を持った一流の表現であることを示している。

 マリオン・ブラウンの音楽のうち私が目下気に入っているのは故郷であるアトランタを題材にした音楽だ。文法になぞらえて言えば、チャーリー・パーカーが現在進行形とするとマリオン・ブラウンは過去形で表現したトーンポエム風の音楽がとりわけ秀逸で、望郷とか回想といった情感が細やかで美しい。

マリオン・ブラウン/ノヴェンバー・コットン・フラワー

マリオン・ブラウン/ノヴェンバー・コットン・フラワー

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: 株式会社BMG JAPAN
  • 発売日: 1994/01/21
  • メディア: CD
  •  残念ながら本作は現在、Amazon.comでは取り扱っていない。新陳代謝は必然だとしてもカタログ落ちさせてしまうには余りにも惜しい秀作と思うのだが。
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  •  本作は共演者のうちでも断然光るのがピアノのヒルトン・ルイズで、全キャリア中でも屈指の名演だと思う。タイトルチューンでの伸びやかで瑞々しいキータッチは文字通り秋の晴天、ほの暖かい昼下がりを連想させて心地よい。ギターのカール・ラウシュがつま弾く控えめなバッキングも何かしら心温まる色彩感を添える。タメを効かせた控えめな背景でマリオン・ブラウンは鼻歌交じりのように飄々としたソロを紡ぎ出す。私はそこにポジティブな要因のみを抽出して再構成された過去の記憶世界を感じる。美しい虚構と言い換えるのが妥当だろうか。現実的には綿花とは言っても綿に花は咲かず、花に見えるものは本当はは実だし、綿の収穫時期は夏場であって11月ではない。しかしこのタイトルには言葉としてどこか詩的な美学が表されていてそれが音楽にも通底しているように思う。感動などという言葉を私は余り安っぽく使いたくないが、かれこれ20数年、毎年秋に本作を聴く度に過去への郷愁が段々深く心の奥底に向かって浸透してくるような気分になる。

  •  全体の作風は悠然としていて、1970年代初頭までの諸作に聴かれたような時にヒステリックな鋭さや混沌はない。再演される曲目も3曲ほど有るが手短にまとめられていてさらりと流す印象である。Sweet Earth Flingなどは初演の記憶が強烈だったので、初めて本作での再演を聴いたときには物足りないような寂しいような印象があったのだが現在の時点ではこういう淡々とした解釈なり展開もありだな、と、何故か納得できるのは私が歳をとったせいだろう。明暗の入り交じった過去の出来事諸々は時間と共に浄化されていく。演奏者の意図がについては憶測の域を出ないが、全編を貫くモチーフとして私はそういう捉え方をしている。
     本作は1979年、JVCの傍系レーベルであるBaystateによって企画、制作された疑問の余地のない傑作である。日本のジャズシーンはこのことを誇りにして良い。
 終わりに個人的なことを書き足すと、私は11月中に本作のことを何かしらテキストにして残しておきたいとかねがね思っていた。昨年、一昨年と実行できずじまいだったが今年は三度目の正直で何とかぎりぎりものにできて、このブログを始めた目的のうちの一つを果たしたささやかな自己満足に浸っている。

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